海の天辺
 シリーズ…マーガレットコミックス
 著者…くらもちふさこ
 出版社…集英社
 新書判…全4巻
 発売年…1989年〜
 文庫判…全2巻
 発売年…1998年〜
 掲載誌…別冊マーガレット
 参考リンク…集英社BOOKNAVI




■ ストーリー ■
 中学2年生の椎名和佳子は恋に疎い女の子。そんな和佳子が初めて恋をした相手は理科の河野先生。だけど、河野先生の目に映る和佳子は生徒のひとりでしかない。先生へ気持ちをぶつけても目には見えないラインを引かれてしまう。 おまけに河野先生が同僚の女性教師と付き合っているというウワサが流れ…


■ 総評 ■  ★★★★★

 巧い!うますぎる!!さすがくらもち先生というべきでしょうか。ヒロインが中学生という現実にはあまり考えられない年ですが、中学生が持ってる純粋なこころで先生にぶつかっていく様子がとても丁寧に描かれています。

 ヒロインの和佳子も、相手役の河野先生もへんな特徴のあるキャラにはなっておらず、どこにでもいそうな人物なんだけど、二人の描写はとてもリアルで生身の人間っぽいところがとても良いです。
 ヒロインの和佳子はとにかく河野先生に一途。先生に好きな人がいると知ってもあきらめない。でも、それが無理やりにでも先生を蹴落とすとかそういうことではなくて、ただ気持ちを先生にぶつけるだけ。それがとても好感持てて和佳子の恋を応援せずにはいられなくなります。
 河野先生は、最初は和佳子に思わせぶりのような態度を取るけれど、和佳子が真正面から恋愛感情のような気持ちをぶつけると絶対にラインを引く。だけど、和佳子を特別扱いするような優しさもみせたりして、二人の気持ちが通じあうところまで河野先生の真意をつかむことができませんでした。それくらい読者をひきつけることができるという意味での巧さがあると思います。

 合鍵や指輪など少女漫画によくみられるアイテムが従来の使い方をしていないこと、先生生徒モノの定番のような物語になっていないことも◎。だけど、とても重要なアイテムになって作中で登場し、巧いなと感心してしまうところです。

 生徒は高校生の設定が好きなので、和佳子が中学生ということに抵抗がありましたが、実際に読んでみると、すっかりくらもちマジックにかかり、そんな不安など杞憂で終わりました。
 もう何度読み返しているかわかりません。先生生徒モノではまずこれを読みたくなります。そして、これを読むと他の先生生徒モノも読みたくなる。私の中で先生生徒モノ漫画のナンバー1になりました!これは文句なしに五つ★の満点評価。ぜひ読んでください。



■ 登場人物 ■
 
椎名和佳子
 中学2年生。ノッポな女の子。
 
河野和彦
 理科教師。生徒から人気。
 
遠藤賢一
 和佳子の幼なじみ。
 
加藤京子
 和佳子の友人。
 
山崎要子
 音楽教師。


※ここより下はネタバレとなっています。了承したうえでお読みください。


 1巻  1989年11月 発売

 うーん。まだ1巻読んだだけなのに、なんか物語に引き込まれる。これはやはりくらもち先生だからでしょうか。最初は「中学生か…」と思ったけれど、全然そんなの気にさせませんでした。
 中学生を主人公にしてどんな恋物語が繰り広げられるかと思ったら、まぁ、すぐ気持ちが通じ合うはずはなく、ヒロインの和佳子が理科の河野先生を好きになって、思わぬカタチで先生が和佳子の気持ちをしることになるんだけど、それは一過性のものにすぎないと諭す。そりゃそうだよな。高校生ならまだしも中学生ですからね。この間まで小学生だったんだから。
 それでも和佳子は先生への気持ちは変わらない。内容的には和佳子の片想いで、和佳子の先生への気持ちが柱になってくるので中学生でも成り立つ感じなんだけど、人間関係はけっこう複雑で、ここはちょっと実際の中学生には重たい内容です。
 河野先生には家庭科の市川先生との噂があり、結婚するのではないかという、和佳子にはとっても気になる話。22歳の河野先生は若くて生徒から人気でライバルなんかもいたりする。3年生になって同じクラスになった浅利さんという女子生徒が河野先生にいつもひっついてる。二人でいるところを気にしたりもする。椎名に好意を寄せる小学校の時から一緒の遠藤くん。過去に遠藤くんから告白されたりもしている。など、恋愛面の方ではドロドロとまではいかないにしても意外といろいろな想いが絡まり合った関係ができているので、中身はけっこう大人な要素もあったりします。

 河野先生は授業で和佳子のために水族館でラッコをみせてくれたり、家庭訪問でデートしようとか言って近くの公園に行ったり、思わせぶりのような態度も取っていたりするのですが、和佳子がぶつかってくるとちゃんと教師と生徒としてのラインを引く。そういうふうに読者に思わせるところが非常にうまいです。私もだまされそうになったわ。

 生徒や先生からもモテモテの河野先生。引っ越しハガキをなぜ噂と関係ない山崎先生がもっていたのでしょうか。しかも「先日はありがとうございました。」とか意味深な文。これひっかかるんですよね。市川先生が河野先生を下の名前で呼ぶのも気になるところなんですが、市川先生の方は一方的な片想い?な感じがラストで伺えます。椎名のライバルは先生になるのでしょうか。

 1巻の中でもとくに印象に残ったのが、水族館に行った時のシーンで言った河野先生の、「人魚は瞳を開いて最初に見た人間に恋をするんだって。」という言葉。その時、和佳子が見つめていたのが河野先生でした。これを見て和佳子の先生への想いが動き始めるのかなと印象付けるような場面でもあり、和佳子自身が人魚姫に例えられているようにも思えます。冒頭でも同じようなことがモノローグで語られているのと、コミックス1巻の表紙など、人魚姫がモチーフになっている?


 2巻  1990年1月 発売

 なんと!河野先生が付き合っていたのは家庭科の市川先生ではなく、子持ち未亡人とウワサの山崎先生でした。山崎先生は普段怖くて近寄りがたくおばさんと呼ばれるような雰囲気だけれど、髪を下ろした姿は若くて大人っぽくて河野先生と釣り合うような女性でした。人って髪型ひとつで印象変わるもんです。その人に似合うヘアスタイルとかもありますしね。
 山崎先生と河野先生との関係を知り和佳子は当然ショック。市川先生の時みたいに誤解を解いてほしくても先生は弁解もせずで、それは真実だって言ってるようなもん。和佳子は二人の関係が気になってショックをうけてもやはり河野先生のことは好き。だけど、どうしたって、河野先生は自分には振り向いてくれなくて、先生との距離を思い知らされる。
 これは中学生の和佳子には相当なダメージでしょ。まさか未亡人の山崎先生が、しかも本当はとってもきれいで先生とはお似合い。付き合っている人の一人や二人いてもおかしくないといってもまさかこんな身近にいるのではね。職員室で山崎先生と河野先生の会話を知って逃げて、追いかけてきた河野先生に「キタナイー」と拒絶したのは、ショックとかもう何が何だかわからないような状況だったのでしょうね。その後布団に潜り込んだり眠りこんだりするのなんて、和佳子の辛い気持ちがよくあらわれてる。人って無気力になったり何も考えたくない時って睡眠という行動に出る時ありますよね。私もあるもん。
 だれもいない職員室で河野先生の手を握ろうとしても先生は絶対に和佳子には触れさせない。河野先生ラブの浅利さんとは腕くんだりしてるのにっていっても、それは恋愛感情とかそういうことではなくて子供のよくある憧れみたいなもの。だけど、先生が好きという思いがある和佳子が触れるのでは意味が違ってくる。このシーンとか、ペンキ塗りたての場所のシーンとか、切ないところがいっぱいです。

 そんな和佳子にさらなる追い打ちをかけるのが河野先生の部屋の合い鍵です。河野先生の部屋の合い鍵を山崎先生が持っていました。合い鍵を持っているということは二人はそれなりの深い関係であることは中学生の和佳子にもよくわかることでしょう。そんなものがいきなりさっと自分の目の前に出てきたら動揺せずにはいられないはず。
 だけど山崎先生ってば、合鍵を和佳子の目の前に出して「先生と生徒のラインをなくしたいなら、あなたの手であたし達をおわりにしない。」という信じられない行動に。この時の山崎先生は和佳子を生徒としてではなくひとりの女性として扱っている。校門の前で「ここを境に先生と生徒をやめましょう。」と。相手が子供であっても対等に接した山崎先生がすごいと思うと同時に、なぜ、河野先生の合い鍵を和佳子に渡したのでしょうか。職員室で和佳子と河野先生が二人でいるところを見て和佳子の気持ちにすぐ気付いたんだろうけど、なぜ、なぜ… それって先生を手放すってことですよね。山崎先生のこの行動はなかなかできません。

 和佳子の気持ちを知りラインを引いていながらも、教師としての優しさはみせる河野先生。特別に駅まで送り迎えしてくれたり、一緒に写真を撮ったり。でも、それって逆に和佳子を傷つけるだけですよね。山崎先生との関係を知った直後に一緒に写真を撮った時なんか、あれって残酷だよなと思う。先生としては優しくするのは範疇だっていっても、和佳子の気持ちを知っているようで知らない振りをするのはやはり見ていてもつらくなります。
 でも、マラソン大会に先生のお弁当を作って来たけれど、部のマネージャーの浅利さんも作ってきたりで本当は作って来たのに渡せなくて、ふて寝して、でもその間に先生は食べてくるという、教師としてというよりもこの時は和佳子自身への優しさがあったように感じられるキュンとなる場面でした。


 3巻  1990年3月 発売

 河野先生と和佳子の距離は一向に縮みませんねー。むしろ、先生は和佳子を遠ざけようとしてます。今までほとんどいわなかったけど、山崎先生とのことも話て、和佳子が自分をあきらめるように説得したり、中学生らしいことしろとか、イジワルなことばかり。
 和佳子が15歳の誕生日になって、「来年は結婚もできる」と言ってみても、先生は結婚よりも大事なことがあると教える。新幹線の切符は買える?とか、住民票移せる?とか、料理できる?とか、和佳子を完全に子供扱い。そんな先生に「そんなの16までに全部覚えるもん」と反発して、どうしてイジワル言うのかと泣いて、先生が自分を子供扱いしたり恋愛対象に見られていない和佳子の気持ちがとっても伝わってきます。

 先生とふたりでいるところをPTAに見られて、事態は悪くなる一方。若ければそれだけ未熟で父兄から信頼されず、河野先生を転任させろとか担任変えてとかうるさい保護者。学校の先生も和佳子を河野先生から遠ざけるような目で見る。
 先生が転任させられると聞いて「無視しててもいいから転任しないでー。」と泣きついた和佳子でしたが、先生は理由もないのに転任しないと言ってくれたけれど、これからも他の生徒と同じように接すると言ったり、椎名はぬくぬくした居心地を楽しんでるだけとか、自分には決めた人(山崎先生)がいるとか、この時の河野先生は和佳子に対してハッキリと自分の正直の気持ちを伝えたけれど、和佳子に感情移入してみてしまうと、失恋が決定的な言葉であるために胸が痛いです。

 学園祭の自分のクラスの出し物で、河野先生をいちばん最初に見つけ出したて、だれにも見つかってほしくないという思いも、自分の先生だけであってほしいという和佳子の先生への強い気持ちがあるにも関わらず、先生に迷惑かけるからと、みつけたのに見つけてない振りして眠っている(フリ?)先生のほっぺにキスしていなくなるのもまた切ないです。本当は好きな人は先生だって言いたかったのに遠藤くんと紙に書いた和佳子の気持ちを考えると…私も悲しい。(涙)

 3巻はとにかく大人と子供の世界というのが感じられて、先生と和佳子の距離は絶対に縮まないっていうのが伝わってくる回で、先生を一途に想う和佳子の気持ちが痛いくらいに伝わってきた一冊でした。


 4巻  1990年7月 発売

 和佳子は先生への気持ちを残しながらも、自分を好きと言ってくれる遠藤くんと付き合っていこうかと考え始める。遠藤くんのことは2番目に好きで、いちばんはナシ。いちばんは河野先生だって本当は言いたいんだと思います。先生以外にいちばんはいらないという和佳子の強い気持ちがわかるだけに、遠藤くんを選ぼうとするのも彼がちょっとかわいそうな気もする…
 一方の河野先生は、和佳子がほっぺたにしたキスを思い出したり、和佳子の試験の解答が気になって懇談会抜け出したりして学校に戻ってくるなど、河野先生ってば和佳子に対してちょっとは特別な感情があるようにも見えるんだけど、なかなか腹の底が見えないので先生の行動の真意がつかめないです。

 と思ったら、すぐに逆転満塁ホームラン並みの大どんでん返し!先生、ついに和佳子側に堕ちたよー!! そりゃそうよね。あれだけ純粋に自分を好きだって言ってくれる子がいれば堕ちちゃいますよね。和佳子はただ先生を好きだって言い続けてただけ。別に力でなんとかしようとしていたわけじゃない。だからこそ先生は揺らいでいったのだと思います。
 先生が和佳子に動き始めたのは、やはりほっぺにキスしたあたりからでしょうか?思い出したりしてましたからね。具体的に河野先生がどこから気持ちが傾いていったのかは描かれてなくて、先生の行動や描写から読み取って考えるしかないのですが、下手に説明するよりは動きだけで魅せる方が巧いかもしれません。
 遠藤のことが好きなのかと和佳子に聞いた時に「好き」と答えた和佳子に対して反論したのはヤキモチとは違うような気がするけれどそれに近い感情はたったのかもしれませんね。でも、教師とし言ったというのもあるかもしれないですが。でも、あそこでむきになった時、和佳子を好きになっている河野先生の気持ちが見えたような気がしました。

 コミックスの22ページから39ページまでのくだりで、コマ割りが上の段は和佳子、下の段が河野先生となっています。キョーチと買い物に行く和佳子と、テストの採点をする河野先生が同時進行で描かれ、最後に学校の職員室で試験の採点をしている河野先生のところへ和佳子がやってくるところで二人の別々の行動が同じ場面でひとつになるという、とても良く出来たコマ割り・描写になっています。

 和佳子と同じ高校へ行きたい遠藤くんに河野先生が「だれかと同じ高校にいくことがすべてじゃない。」と言ったのに対して、「すべてですよ。彼女とできてるならなおさら。」と答えた遠藤くんに和佳子の希望するS高を薦めた河野先生の発言というのは、和佳子と気持ちが通じ合ったことをさらりと言ってしまっているのですが、その時の遠藤くんはどんな気持ちだったんだろう。でも、隠さなかった河野先生がカッコいい。

 まさかキョーチの好きな人が和佳子だったとは!高校進学のことでいろいろと気にしていたのは、二人を別れさせるためにいろいろ画策していたのですね。キョーチの好きというのはレズというには語弊があるかも。親友というか、だれにも取られたくない独占欲、いちばんの友だちであってほしいということでしょうね。でも、実際にキョーチみたいな女の子っていると思うな。

 4巻は遠藤くんとキョーチと和佳子が進学どうるかで心理戦のような状態でしたが、和佳子と河野先生サイドのお話は、二人の距離がぐっと縮んで今度は遠藤くんと河野先生とで和佳子を取り合うような逆転に。初詣で手を繋いだこと、年始に先生の家へ行ったこと、そして、職員室での初キス。どれをとってもキュンとなるシーンで、二人の想いがやっと通じたことに嬉しくて幸せでした。和佳子のこと他の生徒よりは特別扱いしているけれど、絶対にそれ以上の関係は超えさせずラインを引いていた河野先生があったからこそ、ラスト直前の「お嬢さんの指のサイズに。」と和佳子の母親から買った指輪のサイズ直しを頼むシーンはとても感動でした。あれってほとんどプロポーズしたようなもんですね。
 水族館のプロローグで始まって、水族館でデートする数年後の二人のシーンで締めるというのも素敵でした。そして和佳子の母親にも認めてもらえたのか、指輪直しが終わって和佳子の指にはめながら、先生と出会えたことに感謝する和佳子のモノローグで終わるエンディングに胸がいっぱいになりました。先生生徒モノでこんなに幸せになれたのは「Oh!myダーリン」と「海の天辺」くらいですね。やはり秀作で心を動かされた作品は感動もひとしおです。和佳子と河野先生の今後がとても気になります。幸せになってるといいなぁ。